ほぼ雑記的メモ
昼の撮影だからよく分からないと思いますが、せまっくるしいガード下に今川小路なる暖簾街が・・ちなみにこのあたりです。これぞガード下といった感じです。以前ちょっと書いた竜閑川が気になったので実際に川筋にそって歩いてみたら発見しました。夜にまた行ってみたい。 ちなみに写真の左側が中央区日本橋本石町、右側が千代田区鍛冶町です。暖簾のお向かいどうしで区が違うんですね。 日本橋川付近にのこっている龍閑橋の橋の長さは10.5mとあるので、川があったときはもっと幅があったはず。思うに、堀が埋立られたときに真ん中に細い路地を残し両側に若干の土地が造成され、その造成された土地にへばりつくように狭い飲み屋が建ったのではないでしょうか? で、この白旗橋ですが竜閑川が埋立られるまでは実際に存在した橋の名残り。 人文社というところが出している昭和の地図にはしっかり載ってます。 今川小路は中央通にあった今川橋(今川橋交差点は健在)からでしょう。 余談ながら、この人文社の地図は当時の地図をいろいろ集めて書き直して復刻したもので大きめの本屋の地図コーナーには大抵そろっています。眺めて見る分には面白いんですが資料としてはちょっと・・例えば当時あったはずの銀座線が書かれてないとか・・ まぁお手軽に手に入るから贅沢はいえませんけどね。 参考) 2007年01月08日(月) Googleくぉりてぃ
早速。中に潜入 この看板の下のドアは職員の方が頻繁に出入りしておりました。 それを無視して右へいくと、ビルの一室にお社が・・ んーまだお供え餅がおいてあるなー。ここが航空神社です。ちなみに誰でも参拝できます。でも今から乗る飛行機のパイロットとかがお参りしてたらちょっと嫌ですよね。 でもって由来を書いた板があります。今日は急いで撮影してきたので、2005年5月撮影のやつをば・・多分変わってないでしょう。 ちなみに羽田空港が今みたいに立派な空港になったのは日本が戦争に負けてGHQがこのあたりを強制的に整備したから。このときに周辺住民には48時間以内に撤去しろと言うかなり無茶な要求が出たらしいです。 おかげで都心に近いこの地に広大なスペースが出来たんですけどね。こんなの民主的に決めてたら絶対反対とかで決まらないはずですよねぇ
(追記) ちなみにこの楽譜はベートーベンのピアノソナタ悲愴第二楽章。 MIDIデータでこちらから聞けます。前から好きな曲だったので一度弾いてみたいとおもってたのだ。
青森に帰る日なので、休んでそのまま青森に直行したかたんですが、S○NYで打ち合わせがあるので、休むわけにもいかず、とりあえず会社にいきました。 打ち合わせが終わるころにはかなり気分が悪くて、大崎から羽田まで電車で行く気力がなかったので、タクシーを使用。羽田ではちょっと時間があったので椅子でぐったりとしてました。 飛行機の中でもぐったりしてて実家に到着して体温計で計ったら38度。あーこりゃあかん。ということで、そのままベッドに直行。今朝熱は下がったけど本来の目的である病院はキャンセル。一体なんのために帰省したんだか・・・ まぁ明日は家でのんびりしてます。病院は来週か再来週かなぁ・・